種まきのススメ

2017年10月8日 マタイによる福音書13章18~23節

 

①神は農夫のようなお方だ。:御言を私たちの心に蒔いて、栄光に輝く収穫を得ようとなさっている。その収穫を私たちと共に喜ぼうとなさっている。

②神の御言は種だ。:種は小さい。御言も小さいが、それを受けた私たちは、想像を超えた神の愛の高さ、深さ、長さ、広さを体験する。

③良い畑にまかれた種。:良い畑とは耕された地のこと。神は農夫で、私たちの心を耕される。試練を通して、悔いし砕けし心にされる。それは豊かな実りを得るため。あなたの心に蒔かれた御言は何か。記録しよう。

わたしの所に来なさい

2017年10月1日 マタイによる福音書11章28~30節

 

重荷を負って苦労している私たちに、イエス様は「わたしの所に来なさい」と命令なさっている。この「重荷」とは何だろうか。

①生活上の重荷(何を食べようか、飲もうか、着ようか。)

②罪の重荷

③義と認められようとする重荷

<イエス様と共にくびきを負い、イエス様に学べ> くびきとは2頭だてのくびきのこと。イエスは人生のくびきを一緒に負ってくださる。主の御姿を間近に見ながら学ぶのだ。人は神を礼拝する存在であること、人は神の愛を受け、神の愛を現すために生きていることを学ぶ。

狭い門から入れ

2017年9月17日 マタイによる福音書7章13~14節

 

狭い門、それは茶室のにじり口に似ている。入るには謙遜が必要。

イエスは狭い門、狭い道を通って天に入られた。そうすることによって天に入る道を示すためであった。イエスこそまことの門、まことの道。

良くしてくださらないことがあろうか

2017年9月10日 マタイによる福音書6章25~34節

 

①鳥や花のように人間は生きられないじゃないかという反論

②良くしてもらっているとは思えないという反論    に対する熟考。