私の心は定まりました     

2014年7月27日 詩篇 57篇1~11節

◎サウルはダビデに対して嫉妬心と猜疑心増していった。「疑い」というフィルターを通して見るので疑いは増幅するばかり。心を頑なにするサウルと対照的なのはダビデである。悪に対して祝福をもって応える。
◎持っている者はますます与えられ、そうでない者は取り上げられる。その分かれ目は、頑なな心なのか、それとも悔いし砕けし霊魂なのか。

①わが霊魂よ。目を覚ませ。
◎自分が自分に対して語っている。一番身近な存在が最も影響力がある。それは「自分」だ。その自分が傷づける言葉を語りかけるのか。それとも祝福の言葉を語りかけるのか。
◎「目を覚ませ」と語りかける。霊の目を覚ますことだ。霊が眠っていると、肉の得することを優先してしまう。全世界をもうけも永遠のいのちを失ったら何の得があろうか……とは、正にそのこと。
◎だから「目を覚ませ」と言い続けよう。肉の感覚では落ち込んでいても、霊の感覚では勝利を確信しているということがある。肉の感覚では不満でも、霊は喜んでいるということがある。

②私の心は定まりました。
◎口語訳は「私の心は定まりました」。新共同訳は「私は心を確かにします」。
◎状況が良くなったら心が安定するのではない。私の心を定めることで、どんな状況の中でも安定する。
◎カメラの「ホワイトバランス」で色の基準を設定するように、私の心の基準は「神を賛美する、神に感謝する」こと。この位置に、私の心をセットすべき。

 

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