信仰のメガネをかけて     

2014年8月24日 ヘブル人への手紙11章1~16節

 

  1. 信仰とは何かと問われたら。「イエスを信じること」。では、イエスをどのように信じるのか。



◎ヘブル書は、その信仰によって肉眼では見えない世界を確信するようになると教えている。それは神の御言の約束の世界だ。
◎神の約束……神の御言……それは目に見えない。でも、信仰というメガネをかけてはっきりと見るようにして生きる。
◎信仰というメガネをかけると、目に見える世界が目に見えないもので成り立っていることを知る。「光よあれ」との御言によって光が存在するようになった。「きよくなれ」との御言によってツァラトはいやされた。「鎮まれ」との言によって嵐は鎮まった。

◎つまり、神の御言によってこの世界は成り立っている。それを信じて神の御言を生きて行くことが信仰だ。百卒長は神の御言を求めた。エサウは神の御言を軽んじて、赤い煮物をもとめた。

  1. さあ、そのような信仰に生きた先輩たちを見てみよう。
    ①アベル
    ②ノア
    ③アブラハム
    ④モーセ

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