心にシオンへの大路のある人  

2014年9月14日 詩篇84篇1~12節

 

「心にシオンへの大路のある人」 (詩篇84:1~12)

◎神の家(神殿)とは、神に最も近いところ。神との親しい交わりを表している。詩人はこの宮を心から慕っている(2)。そこで暮らしたいと願うほどである(3)。
◎そう願うには訳がある。詩人は神殿のあるエルサレムから捕らえ移され、今はバビロンにいる。神ならぬ神々偶像の町で暮らす千日は、神の宮で過ごす1日にまさると告白した(10)。

◎かつては神殿は身近で、いつでも詣でることができたが、それはいつしか習慣化し当たり前になっていた。こうして遠く離れて、かつての恵みの大きさに気付いたのだろう。
◎私たちはこうして礼拝に集える恵み、健康、財……この恵みの大きさを忘れがちだ。感謝しよう。黙示録が預言するように、やがて取り去られるときが来るかも知れない。
◎しかし、そのような環境の中で、詩人は大きな恵みを悟った。それは「心にシオンへの大路のある人の幸い」であった(5)。シオンとは神殿の建っていた丘のこと。
◎高速道路が開通すると往来が豊になる。神と私の間に「シオンへの大路」が開通しているだろうか。開通しているものの雑木が茂っていたり、道が寸断されてるかも知れない。

◎「道を用意するために」派遣されたバプテスマのヨハネは「悔い改めよ」と勧めた。悔い改めは、シオンへの大路を通すための基礎工事だ。そして、イエスが来られて「わたしが道だ」と宣言なさった。
◎この大路が開通しているので、神との親しい交わりがある。神からの豊かな供給がある。そのような人は「涙の谷」を通過することがあっても、そこを泉の湧くところにすることができる。詩人はバビロンでその恵の泉を掘り当てたのだ。

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