悪魔に立ち向かえ       

2014年10月5日 ペテロの第一の手紙5章6~11節

◎悪魔の存在は前近代的な時代の空想の産物だとする人もいる。彼らの常套手段は「自分の身を隠すことだ」ということを忘れてはならない。聖書は、神も、人間も、天使もそしてその天使の中で堕落した者たちも、霊的存在として描いている。
◎悪魔は私たちの信仰を奪おうとしている。信仰をうばって、堕落させようと獅子が獲物をねらうようにして攻撃してくる。その悪魔に立ち向かえと聖書は命令している。三つの基本姿勢を確認しよう。
①へりくだりなさい……謙遜。(5:6)
◎謙遜……これが基本姿勢。神は、私たちに謙遜を学ばせるために、力強い御手をもって取り扱われる時がある。
◎ペテロも十字架前夜にその扱いを受けた。それまでのペテロは高慢だった。そして、その高慢故に大失敗をしてしまった。でも、イエスさまは「あなたの信仰がなくならないように」と祈っておられる。
②思いわずらいをいっさい神にゆだねなさい。(5:7)
◎思い煩いとは心が分裂すること。まことの神を神とせず、富や食物を主人として思いわずらっている。空の鳥や野の花は、神を主人としているので思いわずらっていない。
◎自分にできないことを解決しようと、自分が神になっている。でも、自分が神になれないので思いわずらっているのだ。神のなさる領域を認めてゆだねるべきだ。
③身を慎み目を覚ましていなさい。(5:8)
◎ゲッセマネの園で、イエスはペテロたちに「目を覚まして祈れ」と言われたが眠ってしまった。「目を覚ます」とは祈ること。
◎祈っていれば失敗がないか。祈りは失敗しないという保証ではない。でも、目を覚まして、どんな状況でも神の恵みを見失わないのだ。

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