金666タラント

2018年6月24日 第二歴代誌 9章13~21節

 

①ソロモン王の栄華と富
◎今日の聖書ヶ所には当時の繁栄ぶりがうかがえる。1年間に金666タラントの歳入があった(1タラント=33kg  金価格4,500円/グラム)。
◎旧約時代は、「富」「子孫」「長寿」等が祝福のしるしだったが、それは天における本当の富を示す「ひな型」であって、仮の富である。

②ソロモン王はその富をどのように受け止めたのか
◎伝道の書(コヘレトの言葉)はソロモンの告白だ。彼は「すべては空だ」と告白した(1:2)。
◎空(むな)しさは人間特有の大切な感覚。パンだけではなく、神の御言によって生きる人間だからこそ持っている感覚。だから、ソロモンは創造主を覚えよと語ってこの書を終えている (12:1)。
◎神を知り、神との親しい交わりこそ本当の富、本当の豊かさだ。イエスは、豊作を喜んだ農夫を「愚か者」と呼ばれた。自分に富んで、神に対して富まない生き方は愚か者だ。

③金の目方が666タラントであった……その意味は
◎ソロモンが手にした金666タラント。その数字に注目しよう。聖書では「7」が完全数。「6」はその手前であって不完全を意味する。
◎ソロモンが求めた本当の豊かさを、今やイエスさまによって得ることが出来る。それは永遠のいのち罪からの救い神との親し交わりだ。

彼らはくじを引いた

2018年6月17日 第一歴代誌 24章1~5節

 

◎神殿奉仕者を決めるのにくじを引いたという記録だ。聖書にはこのような記録は幾つも記されている。聖所で香をたく奉仕をくじで引き、ゼカリヤに当たったこと(ルカ1:5-9)。ユダの欠員をくじで決めたこと(使徒1:23-26)。

◎「くじを引く」とは何を意味しているのか。神に任せる領域があることを教えている。しかし、私たちは自分でキチンとやり過ぎたり、責任を負い過ぎたりして、「くじを引く」という領域を失っていないか。

◎自分で把握し、計画し、準備し、コントロールできると思っているが、意外や自分に決定権のないことが実に多い。生まれも、時代も、育ちも……。自分の人生の何割を自分で決めることが出来ているだろうか。実に少ないとに気付く。

◎なのに……。人は、神でもあるかのようにコントロールしようとする。昔は、コントロールできないことだらけであった。人と会うにしても行き当たりばったり。出たとこ勝負。だから、神さまにお任せするしかない領域が沢山あった。

◎なのに……。自分で支配できると思い込んでいるので、思い通り行かないことに怒ってみたり苛立って、更には極度の緊張とストレスによって心が病んでいる。それは自分を神とする現代病だ。「くじを引く」という領域を失った人々の心の貧困だ。

神におまかせするしかない領域を持っている人は、豊かさのある人生だ。私は人であって、神ではない。全てを制御しようとする誘惑を捨てよう。私の足りないところに、把握できないところに、責任を越えたところに、神がお働きになり栄光を現される領域があることを信頼し祈ろう。

最後に問われること

2018年6月10日 ヨハネによる福音書 21章15~23節

①原点に立ち帰れ
◎復活のイエス様と会うために、弟子たちはガリラヤへ戻った。そこは彼らにとって、主から召された地。原点であった。
◎迷ったとき、主と出会ったあの原点に戻れ。

②原点……それは「主を愛すること」
◎イエスはペテロの失敗を叱責するのではなく、「わたしを愛するか」と問われた。重要なことはイエスを(神を)愛することだ
◎神は、失敗も挫折もない”優等生のようなクリスチャン”を育てようとはなさらない。むしろ、失敗を通して、神を愛する神の子たちを得ようとなさっている。人生の全ての出来事は「神を愛する者になる」という一点に集中している。

③イエス様は、私たちの不完全な愛を丸ごと受け止めて下さる
◎イエスは「アガペ(無条件の愛)するか」と問われたが、ペテロは「フィレオ(友情の愛)します」と応え、三度目のイエスの質問は「フィレオするのか」であった。つまり、自信の無い愛をそのまま受け止めてくださった。
◎私たちの愛もペテロ以上に不完全だ。でも、その愛を主は認めてくださる。その愛でも構わないから、主を愛し、隣人を愛そう。

④あなたはあなたで、わたしに従ってきなさい
◎ペテロはもうひとりの弟子(ヨハネだろう)が気になっていた。他者との比較……それは人生の脇見運転だ。「あなたは、あなたで従ってきなさい」「あなたは、あなたの愛で愛しなさい」と主は言われる。

栄光で輝かせてください

2018年6月3日 ヨハネによる福音書 17章1~5節

◎神は見えないお方だ。そこで、昔は天使によってご自分を啓示なさった。つまり栄光を現された。しかし、天使はしもべなので、充分な啓示ではなかった。そして遂に神の御子が神を現された。
◎御子なる神は神を現し栄光を現された。それは……、
①神が賛美されるためであり
②御子を信じ、御子を遣わされた御父を信じる者が救いを受けるため
③栄光を現すことで暗闇のわざを滅ぼすためだ。

◎その栄光を現すに当たり、いよいよ「時」が来た。今まで以上の栄光で輝かせてください。御子が御父のもとで受けていたあの栄光で輝くようにしてください……と祈られた。
◎その「時」とは十字架の死だ。人の目には惨めで失敗に見える死において、栄光が現れるようにと祈られた。
◎一般的には、スポーツで金メダルを取るとか、難関校に入学したとか、高い地位を得たようなことを「栄光」と考える。
◎クリスチャンもそのような栄光に捕らわれて、イエスを信じているのに事業に失敗したら栄光にならない、病気になったら栄光にならないと考えがちだ。果たしてそうだろうか。
◎御子は、十字架の死に至るまで神の御心に従順なさった。この姿は人間には惨めな死に思えたが、悪魔にとっては余りにも輝いていた。あまりにも従順な姿は、霊的には最高の栄光に輝いているのだこの輝きのゆえに、悪魔はさばかれたのだ
◎私たちも御子イエスの祈りに続こう。どんな状況にあっても、子が父を信頼するように、天の御父を信頼して従順しよう。それが栄光に輝く姿であり、暗闇のわざを滅ぼすことになるのだ。