さわったのはだれか

2017年12月3日 マルコ福音書5章25~34節

※ 12月17日にデータを更新しました。31分50秒~40分10秒に「証し」を追加しました。
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①さわったのは、ひとりだけだった。
◎イエスにさわろうと群衆が殺到していた。物理的にイエスにさわった人は相当数であった。しかし、イエスにとって、本当にさわったのはひとりだけであった。

②なぜイエスはこの婦人を見つけ出そうとなさったのか。
◎彼女はいやされたのだから、こっそり帰宅しても良かった。しかし、そのままだと、あのいやしは偶々だったのか、と信仰は薄れていっただろう。だから、イエスは彼女の信仰を確かなものにされた。
◎私たちも信仰を告白しよう。証ししよう。黙って心の中だけの信仰にしていたら、いずれ薄らいでしまう。ヤコブが体験したことを石碑にして建てたように、証しという名の石を置いて行くのだ。

祈りの家ととなえられる

2017年4月9日 マルコによる福音書11章15~19節

※説教のなかで、「初穂の祭は過越の祭後の最初の安息日」と語られていますが、正しくは、過越の祭後の最初の安息日の翌日(必ず日曜日になる)が初穂の祭です。訂正します。(藤原)