ヨセフ物語8 齢130歳の決断

創世記46章1~7節

1)ヤコブ130歳の決断
◎エジプトの統治者となったヨセフを頼ってヤコブ一族はエジプトに下ろうとしたが、彼らはカナンの南端のベエルシバで礼拝をささげた。
◎ヤコブには恐れがあった。①この年齢で大丈夫か。②異教の地エジプトで信仰は保たれるか。③エジプト行きは御心か。④異教の地で400年奴隷になるとの預言の真意は。
◎神の応えは、①エジプトで大きな国民になる。②主も共に下ってくださる。③再び導き上る。
◎大きな決断に迫られるとき、齢130歳で決断したヤコブに続こう。
2)エジプトにおける守り
◎70人でエジプトに移住(27節)。この国で霊的に守られるために、3-4節の御言を持ち続けた。真理によって彼らを聖別して下さい。
◎物理的に守られた。エジプト人は羊を忌み嫌ったので、生活圏は分離されたゴセンの地であった。そこでイスラエル国民が形成された。
3)祝福するヤコブ
◎47章7節。ヤコブはパロに謁見した。世界最大級の王と食糧を求めて身を寄せる老人のコントラストははげしい。
◎パロが年齢を聞くと130歳と。その齢は「不幸せだ」と(9節)。他の訳は「苦しみ多い」「苦労に満ちた」。翻訳者は、苦しみが多いことは不幸せだと意訳した。ヤコブはそう思っていない。
◎その証拠に彼はパロを祝福したからだ(7,10節)。「挨拶した」とあるが、他の訳では「祝福した」。不幸な人は祝福などしない。できない。
◎ヤコブは苦労多き人生だが、幸いを得た人だ。神の祝福を知った人だ。私たちも祝福する老年を目指そう。愚痴多き、過去自慢の老人になるな。今、決心しよう。ヤコブに倣って「祝福する老人になる」と。

ヨセフ物語7 先に遣わされた者

(創世記45:1~15)

1)ベニヤミンの逮捕とユダの執り成し
◎2回目の食糧調達を終えての帰り道。ヨセフの銀の杯を盗んだ容疑でベニヤミンが逮捕された。これはヨセフの仕組んだことだ(44:1-2)。なぜ、ベニヤミンなのか。兄たちの心を試すためだった。
◎ユダがベニヤミンを執り成し身代わりを申し出た。かつてはヨセフを憎んで奴隷に売り飛ばした張本人だ。キリストのような愛に変えられるために、創世記38章があった。
◎私たちにもそのような〝創世記38章〟が人生にある。

2)私はヨセフです……衝撃的な出会い
◎「私はヨセフです」との証言は衝撃的だ。キリストとの出会いは聖霊が刻むような衝撃的な出会いだ。サマリヤの婦人、生まれつき盲人であった男、イエスを捕らえに来た人々。そして、私たち。
◎この出会いは、終わりの時代にやがてユダヤ人がキリストとの衝撃的な出会いを預言している。ゼカリヤ書。

3)先に遣わされた者
◎兄たちの裏切りは、神がヨセフを先にエジプトに遣わすためだったと述べている。ヨセフに憎しみも恨みもない。神の大きな目的、ご計画を知ることによって、過去の事件はこのことのためだったのだと知る。
◎それは過去の癒しだ。過去の出来事は変わらない。変えられない。しかし、その意味を知るのだ。その解釈が変わる。「先に遣わされた者」として、私たちはその恵みを伝え、和解の福音を伝えて行くのだ。
◎神の大きなご計画と人間の自由意志は両立するのか。全知全能の神の中で、私たちの自由は用いられ、神のご計画へと完成する。

ヨセフ物語6 回復への第一歩

1)罪が明らかになる時
◎7年の大凶作の2年目にヤコブは10人の息子を食糧調達のためにエジプトに派遣。ヨセフの見た「11人の兄弟がヨセフにひざまずく」という第一の夢の実現に近づいた(42:6)。
◎ヤコブが溺愛する末息子ベニヤミンを含めた11人が揃うために、彼らをスパイ容疑で逮捕し拘留した(42:9)。
◎このことで兄弟たちは、22年隠してきた罪を明らかににしなければならなくなった(42:21-22)。隠れたことを明かにすることは神の御業だ。それは、罪から解放され救いを得るためだ。神の愛だ。
◎食糧危機を乗り越えることが救いではない。罪からの解放だ。
2)父ヤコブの悔い改め
◎ヤコブは息子たちへの愛の偏りを悔い改めて、ついにベニヤミンを手放す決心をした(43:11)。もし手放さなかったら、兄たちは父の愛に失望し、家族は崩壊しただろう。
3)神の愛を見逃すな
◎罪が未解決な人はいつも恐れが伴う。神の愛が表れているのに不安になる。食糧の代金が戻されていたことを恐れた(42:27-28、35)。
◎ヨセフの邸宅に招かれても兄たちは恐れた(43:18)。恵みを受けても、何か悪いことの前兆だと思う。
◎代金の返却は間違いだと考えた(43:19-23)。ネガティブな人は、私が恵みを受けるのは何かの間違いだと考える。私が愛されるなんて、だれの間違いではと思う。信じるだけで救われるなんて、何かの罠なのか。詐欺なのか……と。
◎安心せよ。恐れるな。支払い済みだ(23節)。まさにキリストの言葉だ。罪の支払いはすでに終わったと。神の愛を見逃してはならない。

ヨセフ物語5 ~夢の説き明かしと適用

2020年7月5日    創世記 41章25~45節


1) 神の時を待つ
◎エジプト王パロの夢の説き明かしを契機に、ヨセフは牢獄から引き上げられ、エジプトの統治者となった。奴隷~投獄と 13年の歳月を経てのことだ
◎献酌官長が2年もヨセフを忘れてしまったことは悲劇だが、今になってみればそれで良かったことが分かる。 「神の時」とはそういうものだ。
◎人間の知恵も頑張りも万策尽きたとき、神の出番、神のタイミングだ。それまでの期間は、忍耐と錬られた品性への訓練だ。
◎私も 20歳の時に献身し 22年を経て42歳で牧会。 神の時だった。

2) 夢の解説と適用
◎夢の解釈は 「7年の大豊作と7年の大凶作」 だ。 大事なことは、 解釈に終わらず適用すること。 ヨセフは、①知者を大臣に任命する。②大豊作の時代に2割を備蓄する。 ③蓄えをもとに大凶作を乗り切る。
◎御言 (預言)も解釈で終わらず適用が重要。 解釈だけなら砂上の家。適用して実行するなら岩盤の上の家。
◎当時のエジブトには「7年の大豊作と7年の大凶作」 という未来が預言されたが、現在の私たちはどうか。 今の時代は 「恵みの時代、 救いの日」だ(IIコリ6:2)。大収穫の時代だ。しかし、その時代のあとに7年の「大患難」の時代が来ると黙示録は予告する。
◎私たちはどう生きるか。適用だ。「恵みと救いの時代」にこそ、御言を伝えよう。必ず日本にもリバイバルが来るのだから。
◎その後に来る「7年の患難期」 に備えて蓄えよ。 私の中に御言を蓄えよ。御言の飢餓が来る前に(アモス 8.11)。 また、この世界に御言を蓄えよ。net 社会に記録を残す。デジタルタトゥ。書籍として蓄える。
◎患難期の霊的食物として蓄える。必要とされるはず。

ヨセフ物語 ~獄中の恵み

2020年6月28日    創世記 40章1~8節


1)献酌官長との出会い
◎献酌官長は王の側近。 こんな高位の人物と奴隷のヨセフとが知人になれる機会は皆無。
◎しかし、 王の囚人を監禁する牢獄に、 王暗殺の嫌疑で献酌官長と料理官長が投獄され、ヨセフはポテファルの命令で彼らの世話役となった。
◎ポテファルはヨセフを投獄したものの、 彼を正しく評価しており、 世話役に着けることで時間解決につなげまうとしたのではないか。
◎出会いを大切にしょう。 出会いを主がご支配ください。祝福してください。
2) 献酌官長の夢の説き明かし
◎献酌官長のみた夢は神の啓示だった。夢は神によって説き明かされる。人が勝手に解駅するのは危険。
◎夢の意味は献酌官長が3日後に釈放され復職することであった。
◎このような好機にヨセフは自分の釈放を願い出た。①ヘブルの国から来た………神の民としての誇り。②さらわれてきた……兄たちを悪く言っていない。③投獄に値する罪はない………主人の妻を悪く言わない。
◎ここに錬られた品性となったヨセフの姿が描かれている。
3)忘れられた2年間
◎献酌官長はヨセフの執り成しを忘れてしまった。またもや裏切りを受けたヨセフだが、彼には神の“いのち”があった。そのいのちは「ゆるす力」「愛する力」「諦めずに待つ力」となって、投獄生活を生き抜く。
◎こういういのちのことが 「永遠のいのち」 だ。腐らないいのちだ。
◎17歳で奴隷として売られ、 この時 28歳。獄から引き上げられるまであと2年。献酌官との出会いという絶好のチャンスを逃したかに見えたが、神の時があるのを待った。「待つことのできるいのち」 を持とう。

ヨセフ物語 ― 仕える者への祝福

2020年6月21日    創世記 39章 1~ 6節


◎ヨセフは父から最も愛された子だ。しかし、 その人生は 「しもベ・仕える者」としてのスタートだった。御子イエスもそして私たちにも同様。 ヨセフはキリストの “型” であり、私たちも通る道である。
◎ヨセフが仕えたポテパルは侍従長。 王直属の親衛隊長のこと。しかも、王の囚人を監禁し処刑する責任者でもある。
◎ヨセフはここで忠実に仕えた。 ポテパルはヨセフの忠実を見て全体の管理を任せた。小さいことに忠実な者は大きいことにも忠実である。 見る人はちゃんと見ているのだ。
◎しかし、 ポテパルの妻はヨセフを執拗に誘感した。遂にヨセフは逃げたが、残した上着を物証に強姦の罪に問われ、 ポテパルは自分の管理する監獄に投獄した。
◎ポテパルは処刑すべきところを投獄で済ませたのは、 妻の言い分を鵜呑みにしていない証拠だ。忠実なヨセフを正しく評価する人は必ずいるのだ。
◎ヨセフには夢があった。 つまり神が啓示した目的に向かっていた。人は目的に添うように、過去や今を解釈する。破壊的な目的であれば、 それに見合う解釈をし、 時にそれに見合うように過去の記憶さえも捏造する。
◎イエスは原因ではなく目的を示された。「神のわざが現れるためだ」と。その目的(栄光から栄光へとキリストの姿に変えられるに添って、今を解釈しょう。過去を再解釈しょう。
◎ヨハネも夢の実現に向かって、「兄たちの裏切り→ポテパルの奴隷→婦人による冤罪→投獄」を解釈した。過去の事件は変わらないが、 解釈(意味づけ)は変えられる。
◎過去を振り返って、「このためだったのだ」 と分かる。ヨセフ物語はそのことに気づかせてくれる。

割り込む者への祝福

2020年6月14日    創世記 38章 24~ 36節


◎37章から「ヨセア物語」 が記されているが、38章は「ユダの失敗談」が割り込むように記録。いったい何を意味するのか。
◎ユダの息子の嫁であるタマルとの間に、子を授かるという大失態である。しかし、その子「ぺレツ (割り込む者)」からダビデ王、そしてキリスト誕生へとつながる。

割り込み…その1    ヤコブ(元祖わりこみ君)
◎長子の権を受けるべき兄との間に割り込んだ。そんな卑劣な男だが、神はヤコブを愛し祝福された。神はご自分のことを「アブラハム・イサク・ヤコブの神」と紹介なさる程に。
割り込み…その2    タマル (わりこみの母)
◎神の民に嫁いだものの神の祝福のわざに加われなかった。自分の使命をはたすために、姦淫の女としての恥を被ることになっても、用いられたいと願ったのだ。
◎彼女の失態をも用いて、キリストの家系としてくださった。神は、神を愛する者には 万事を益とする」ようになさるのだ。
割り込み…その3    ユダとその子ベレツ
◎ユダの失態はキリストの家系には相応しくなく思える。むしろ、エジプトの統治者となったヨセフの子孫の方が流れとしては良い。
◎なのに、その流れに割り込むようにしてユダの失敗がある。聖書の記録もそれを現している。そしてペレツの出生もそれを予表している。
割り込み…その4    異邦人と私
◎本来、救いはイスラエルのもの。しかし今や「異邦人の時代」が割り込んで、私も救われた。救いを得ようと、祝福されようと割り込む者を主は喜ばれる。遠慮するなかれ。大胆に求めよう。

ヨセフ物語 ― 夢の力

2020年6月7日  創世記 37章 18~ 36節


◎ペンテコステ(五旬節)の日に聖霊がくだった。 神の目的は十字架による罪のゆるしに留まらない。罪がきよめられた人々に「聖霊を注ぐこと」である。聖霊によって「幻を見、夢を見る」のだ。これは、私たちが、 神と共に共通のビジョンを抱いて生きるためである。
◎夢には「自己実現型の夢」と「神実現型の夢」 があるが、聖霊は後者の夢を私たちに見させ、神のビジョンを実現へと至らせるのだ。

①ヨセフには夢があった。
◎旧約ではヨセフが神からの夢を見た。その夢は、兄弟たち、父と母たちがヨセフにひざまずくものだった。いったい、この夢を通して神は何をなさるのか……。後に明らかになる。
◎ヨセフの人生は、この夢とは真逆の人生だ。兄たちの裏切り。ポテパルの妻の裏切り、獄中の献酌官の裏切り。しかし、彼は復讐心や憎しみから程遠い人生だ。なぜなら、主が共におられたからだ (39:3、21)。
◎主が共におられて、交わりをもち、夢を見させてくださったからだ。夢のある人は腐らない。滅びない。苦難の中で輝く。

②私たちには夢がある。
◎新約の私たちにはどんな夢があるか。聖霊が見せてくださる夢は何か。
◎M.R. キング牧師の「私には夢がある」という説教は有名。黒人の公民権運動の試練の中で、彼は白人をゆるし祝福を祈った。彼はくさらなかった。神からの夢があったがらだ。
◎私たちにも夢がある。それは罪人であった私たちが、互いに愛し合いつながることでキリストの姿を現すことだ。ここにキリストがいて語り、触れ、癒してくださる。その祝福をここから流しだそう。
この夢を共有しょう。夢のある教会は決して減びないのだ。